インタビュー特集:日本人ジョッキー 熊谷勇斗 騎手

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2022年3月号掲載

好きなことに打ち込んでいるので、大変なことも気になりません

競馬の騎手といえば、少々武骨で近寄りがたいイメージがあったものだが、最近の騎手は、とてもスマートで柔らかな印象を受ける。そんな今時な騎手の一人、若武者・熊谷勇斗騎手に、夏競馬真っ只中にお話を伺った。

競馬の騎手になろうと思ったきっかけは?

家族で岩手県内の競馬場に訪れたり、ウエスタン馬術のキャンプに参加したりしたことはありましたが、高校卒業後は大船渡で祖父が経営する和牛牧場を継ごうと思っていました。中学・高校の時はバレーボールに夢中でしたし。でも東日本大震災による放射能汚染で牧場が使えなくなってしまい、進路を考え直しました。動物が大好きだったので動物関係の仕事も考えましたが、これだというモノはなくて…。たまたまテレビで観た凱旋門賞レース(ソレミアとオルフェーヴルのレース)に衝撃を受けて、「これだ!騎手だ‼」と思ったんです。厩務員や調教師の仕事があるのさえも知らなくて、とにかく騎手を目指すことを決意しました。

なぜ日本でなく海外で騎手に?

日本だと体重制限*が厳しいとわかっていたので、初めから海外でのデビューを考えていました。当時身長170センチ、体重60キロありましたから。海外で活躍している騎手のプロフィールなどを調べて、自分の身体でも行けると確信しました。      

高校卒業後は、千葉にある馬の専門学校に進みました。その学校で豪での6カ月の研修を経て、卒業後にワーホリビザで再び豪へ渡りました。

*日本の競馬学校への入学条件は、体重45キロ未満

オーストラリアで騎手への道を進み始めたのですね?

ある牧場で雇ってもらいましたが、競走馬の方には、すでに騎手希望の日本人がいたので障害馬術の馬の手伝いをしていました。仕方がないですが、自分がやりたいことはできませんでした。でも、馬術上がりの調教師さんもいますし、乗馬をやっていたことは無駄ではありませんでしたね。英語力も上がりましたし(笑)。最終的には、ここにいても騎手にはなれないと思い、ビザが切れたのを機に帰国しました。

騎手をあきらめて帰国ということですか?

あきらめませんよ!岩手には水沢、盛岡競馬もあるので、馬関係の仕事も考えました。でもせっかく身に着けた英語も使いたいし、目標はやはり騎手になることですから、ニュージーランドを目指すことにしました。豪で騎手を目指していた日本人がニュージーランドで騎手になったことをSNSで発見し、「豪がダメならニュージーランドがあったか 」と心を動かされたんです。

ニュージーランドでは順調に?

ニュージーランドでは飛び込みで厩舎巡りをして、今のウェックスフォードで雇ってもらえました。

でも騎手への道は大変では?

好きなことをしているので大変なことが気にならないです!レースで勝つとみんなが喜んでくれますし。厩舎の仲間、ボスのランスやスコッティー、先輩騎手の柳田泰己さんもすごく喜んでくれるのが本当にうれしいです。厩舎では、一頭一頭異なる馬を調教するのは新たな発見もあり、おもしろいですね。馬同士にも相性がありますし、乗る人間たちの調子によっても馬たちとの関わり合い方が違うので、飽きないです。

昨年、アプレンティス(見習い騎手)デビューし、初騎乗初勝利という快挙。すばらしいスタートですね。

ありがとうございます。うれしさと同時に「あれ⁉ 勝っちゃった」と不思議な気分でした。でも7月のレースで負けた時〝馬に持って行かれてしまった〟のです。経験不足もあるのですが馬をコントロールできなかった僕のミスなので、ボスたちにも注意されましたし、騎乗依頼も来なくなってしまいました。デビューして7戦目だったのですが、以降4カ月はレースに出られませんでした。

その間どうしていましたか?

食生活とトレーニング方法を徹底的に見直すことにしました。泰己さんにも有効なアドバイスをたくさんいただきました。好きな炭酸飲料もやめ、野菜をたくさん摂り、サプリやプロテインを飲むようにしました。

トレーニングは、走って有酸素運動をし、木馬という器具を使って鍛えています。結果、体重はやや増えましたが(現在53キロを維持)、馬を思い通りに操れるようになってきましたし、馬もそれに応えてくれるようになりました。まだまだですけどね。そして今年1月2日のレースで勝ってからは、また騎乗依頼がくるようになりました。

今後の夢や目標は何ですか?

目標というのは答えにくいです。「いつまでに何勝したい」としても、例えば100勝と掲げても100勝より101勝、102勝の方がいいわけですから。なので、「自分が思っている理想を越えて行く」が目標です。

目標とするジョッキーはたくさんいます。誕生日が同じ武豊さんや泰己さんもそうです。泰己さんは競馬のセオリーをきちんと理解し、勝てばいいという乗り方はしません。僕も目指したいですね。

昨年5月14日マタマタ競馬場で初騎乗初勝利を収めたパッチプリンス号
エラズリー競馬場の表彰台。競馬場に応援に行けば間近でこの姿を見られる
早朝の馬の調教終了後、歓談しながら馬屋に戻る(一番右柳田泰己騎手) 

最後にもう一言! ニュージーランドでの生活はどうですか?

5年目になるので食事や生活にはすっかり慣れましたし、不便はないですね。一つだけ挙げるとすれば、故郷の大船渡の海産物が恋しいことですね。11月になるとイクラのしょうゆ漬けが食べたくなります! 

ニュージーランドは自然が豊かで、のんびりしていて好きですね。オーストラリアよりも大船渡の地元に近い感じがします。オフの時は、買い物や食事に出かけたりします。所属厩舎のあるワイカトのマタマタから、タウランガやハミルトン、ロトルアも近いのでよく行きます。特にタウランガは地元と同様海があるので、ホッとしますね。

調教では馬の癖を知り弱点を修正する
最後の直線で馬をきれいに追うための鞍や手綱さばきの練習に木馬を使用する
熊谷勇斗 騎手
YUTO KUMAGAI

1996年3月15日生まれ。岩手県大船渡市三陸町越喜来出身。2018年1月ニュージーランドへ。元名 手ランス・オサリバン氏の名門厩舎Wexford Stables所属。
2021年5月アプレンティス(見習い騎手)デビュー。
2月17日現在で4勝。



取材・文 GekkanNZ編集部