映画『沼影市民プール』― 失われゆく「居場所」と、記憶に寄り添う眼差し

Doc Edge Film Festival 2025 ワールドプレミア作品『Numakage Public Pool』・太田信吾監督インタビュー BUSINESS

Doc Edge Film Festival 2025 ワールドプレミア作品
『Numakage Public Pool』太田信吾監督インタビュー

2025年6月からニュージーランド全土で開催中のドキュメンタリー映画祭「Doc Edge Film Festival」にて、世界初公開となった日本のドキュメンタリー作品『沼影市民プール(Numakage Public Pool)』。本作は、東京郊外の市民プールが閉鎖されるまでの日々を見つめながら、その場所に集っていた人々の記憶と感情に静かに寄り添います。

GekkanNZでは、監督を務めた太田信吾さんにインタビューを実施。作品に込めた想いや撮影の裏側について、お話をうかがいました。

今回「沼影プール」を題材にされたきっかけは何だったのでしょうか?
この場所を記録に残すことが大切だと感じられた理由を教えてください。

私はこのプールがある埼玉県さいたま市の出身で、プロデューサーも同じ地元育ちです。海のない町で育った私たちにとって、市民プールは子どもの頃から馴染み深い遊び場でした。

2023年初頭、地元で弁当配達をしている友人(Satoshi Fukumoto氏)から「プールがなくなるらしい」と聞き、そこから企画が動き出しました。

私は2013年、友人の自死をテーマにした映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』でデビューしました。孤独や喪失を描く中で、「もしもっと公共の場があったら、彼の命は守れたのではないか」と考えるようになりました。

一方で、自分の地元では都市開発が進み、公共空間がどんどん失われている実感があります。この映画では、そうした「居場所」がなくなることの心理的な影響や、開発と人々の心の関係性について、映像を通して問いかけたいと思いました。

プールは、さまざまな立場の人々が集まる「場」として機能していたと感じました。撮影を通して、利用者と場所との関係性について印象的だったことや、意外な発見はありましたか?

子どもの頃は気づきませんでしたが、このプールは首都圏でも有名なゲイの方々の出会いの場でもありました。男子トイレには「二人で入室しないでください」という張り紙があり、実際にトラブルも多くあったようです。

もちろん、高齢者の健康の場、子どもや家族のレジャーの場としての役割もありましたが、日本では制度的にまだ支えが十分とはいえないLGBTQ+の方々にとっても、このプールは重要な「居場所」だったのだと、取材を通して気づかされました。

その驚きと発見は、この映画にとって大きな視点のひとつになっています。

この作品では、「記憶」や「喪失」、「居場所」といった抽象的なテーマが静かに描かれている印象を受けました。こうした感情を映像で表現するにあたって、工夫されたことがあれば教えてください。

本作では、自身が撮影を担当し、Canonのカメラを使って「懐かしさ」や「喪失感」が伝わるような映像表現を心がけました。カラーグレーディングはカラリストの星子駿光さんと共に作り上げ、彼自身の喪失体験や沼影プールの記憶も映像に反映されています。

また、ドローンやGoProを用いたカットを加えることで、夏の躍動感や視点の多層性を生み出し、ひとつの感情に偏らない映像構成を意識しました。

哲学や物語論を学ばれてきたご経験は、今回の作品構成やアプローチにどのように影響しましたか?

物語を一つの視点だけで語るのではなく、多面的に捉えるという姿勢を大切にしました。物語は登山のように、ルートが複数あるもの。あるルートで山に登ったけれど、別の登り方もあるかもしれない——そう考えることで、一つの主張に偏るのではなく、多様な視点を受け入れる作品構成を目指しました。

映画が「賛成・反対」といった単純な二項対立に陥るのではなく、観る人に問いを投げかけるような構成になることを意識しました。

この作品が海外、特に日本以外の観客に届いたとき、どんなふうに受け取ってもらえたら嬉しいとお考えですか?

私は旅をすることが多いのですが、久しぶりに地元に戻ると、そこにあったはずの風景が解体されていることがあります。そのたびに言葉にできない違和感が体に生じ、自分の心と空間は深く結びついているのだと感じます。

都市開発が進む中で、そうした感覚は置き去りにされがちです。この映画を通して、開発を「ケア」の視点から捉え直すきっかけとなればうれしいです。

監督:太田信吾|日本|2025年|84分|Doc Edge 2025 国際プレミア作品
『Numakage Public Pool』

上映スケジュール(Doc Edge 2025)
7月28日(月)~8月24日(日)|Virtual Cinema(NZ国内)
7月1日(火)18:15〜|Auckland|The Capitol Cinema
7月12日(土)15:15〜|Auckland|Bridgeway Cinema 3
7月19日(土)13:30〜|Christchurch|Lumiere Cinemas Bardot
7月22日(火)16:30〜|Wellington|The Roxy Cinema 2

太田信吾(映画監督・俳優)

1985年長野生まれ。早稲田大学文学部の卒業制作のドキュメンタリー映画『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010にて優秀賞・観客賞を受賞。2019年に、映画演劇作品を手掛ける団体として「Hydroblast(ハイドロブラスト)」を設立。企画ごとに役割を規定し、複眼的な作品創作を目指す。俳優としても活動している。

[X] https://x.com/shingo_ota
[Web] https://hydroblast.asia

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