人気ファッションデザイナーが、陶芸家へ転身 求めるものは「フリーダム」/陶芸家 坂口隆章さん

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第21回ポーテージ・セラミック・アワードでファイナリストに選ばれた陶芸家、坂口隆章さんに陶芸への思いや感性の磨き方を伺った。

1996年の創業以来、坂口隆章さんのSAKAGUCHIブランドは、オーストラリアとニュージーランドの40店舗で展開され、オーストラリアの政治家やニュースキャスターなどにも愛用され確固たる人気ブランドの地位を築き上げてきた。それにも関わらず、3年前にブランドを閉じ、新たに陶芸の道へ進み始めた。まもなく、坂口さんの陶芸家としての才能も頭角を現し、ポーテージ・セラミック・アワード*でファイナリストに選ばれた。現在、オークランド・ティティランギのテ・ウル・ギャラリーでは、坂口さんを含む30人のファイナリストの展覧会が開催されている。

なぜ陶芸を選んだのか

 ファッションデザイナーから陶芸家への転向。その理由を坂口さんはこう語った。

「30年近くファッションの世界で生きてきて、自分自身で区切りをつけて一旦落ち着いたところですが、クリエイティブな面をいつまでも残したかったし、違うミディアムで違う世界を作ってみたかったのです」そこで、小さい時から興味があった陶芸を選んだのだという。

「ファッションの場合、素材や色を考えてデザインする時に、生地が見つからなかったり、自分の思っている色がなかったりという苦労する面もありました。でも、陶芸なら作りたい色や作りたい形を100%自分の思う通りに作り出せます。自分の手から直接表現でき、手の形が作品に表れるのが楽しいですね」

「自分らしいもの、自分しか作れないものを作りたい」というファッションデザイナーのころから貫く思いは、今度は陶芸で表現されることになった。

©Haruhiko Sameshima, Studio La Gonda

「ポーテージ・セラミック・アワードの審査は非常に厳しく、ファイナリストに残っている方はベテランの有名な陶芸家ばかりですので、すごくうれしいです」と坂口さん

 坂口さんは、カンタベリー・ポターズ・アソシエーションで陶芸の手ほどきを受けたという。しかし、規則正しいものを作るのが好きではなく自分が生まれ育った時からの感覚に従って作りたいという思いもあり、陶芸の先生につくことはなかった。そして陶芸というと思い付きやすいお皿やカップ、つぼには興味がなく、作らないというこだわりもある。

 「僕が作りたいのは、使えなくていいんです。スカルプチャーのように、リビングルームの片隅に置いてもらい、それが来客時の話題になったらうれしいですね」

感覚を磨くことが大事

坂口さんの洋服や陶芸作品のもととなる〝坂口さんの世界”は、何からインスピレーションを受けているのだろうか。それは生まれ育った環境が大きな影響を与えているようだ。

「コシノでも言われたことですが、祖父からも小さい時から『良いものを見なさい』と言われ続けてきました。『一流の味覚と色彩を育てなさい』と、美術館やギャラリー、歌舞伎などに連れて行ってもらい、おいしいものを食べさせてもらってきました。小さいころから良いものを見て身に着けた感覚は、ファッションでも陶芸でもうまく生かせていると思います」

今でも、ニュージーランドで“良いもの”に触れることは意識している。

「一流の料理と言われるものはおいしさだけでなく色彩、目で見て味わうことも大事ですよね。良い物や良い海外の芝居を見ることで自然と感覚を養えると思います」

文化を反映する作品

坂口さんは、日本や海外の芸術作品を見て感じたものを陶芸で表現している。例えば、16世紀近世水墨画の最高傑作、長谷川等伯の『松林図屏風』だ。松林を白と黒だけで表現した屏風を坂口さんなりに陶芸で表現している。その作品『The Pine Tree』も現在テ・ウルのショップに飾られている。また、オーストラリアの画家シドニー・ノーランの『ネッド・ケリーシリーズ』やニュージーランドのペインターの作品、ニュージーランドの偉人から着想を得たり、マオリ芸術のコルーやポリネシアン的なタパなどの表現力も意識しているという。

夜でも思いついた時に作れるように自宅のスタジオで制作活動をしている坂口さん。既成の観念にとらわれず自分らしい作品を作る、表現したいものを作るというフリーダムを満喫しているという。

「人生の中でもフリーであることは大事だと思います。日本の社会は自分の意見を率直に言うことができなかったりする面もありますが、この国はそれが当たり前です。これからもフリーダムの面白さ、これからどうなるかわからないという楽しさを表現していきたいですね」

©Haruhiko Sameshima, Studio La Gonda.

最終選考に残った作品“Before the ending of daylight”。坂口さんの陶芸作品はクライストチャーチのフォームギャラリーほか他都市のギャラリーでも展示されている

 *Portage Ceramic Awards 2021 www.teuru.org.nz/index.cfm/whats-on/portage-ceramic-awards

坂口隆章
Takaaki Sakaguchi 坂口隆章さん

近畿大学と大阪モード学園に同時に通いデザインの勉強した後、アパレルメーカーに就職、「KOSHINO」一門で、約7年間研鑽を積む。ニュージーランドに移住後、1996年に「SAKAGUCHI」ブランドを立ち上げる。豪州・ニュージーランドを中心に圧倒的な人気で展開するが、2017年、ファッションデザイナーから陶芸家に転身。クライストチャーチ在住。
【IG】sakaguchitakaaki

取材・文 GekkanNZ編集部