インクルーシブなニュージーランド〜多様性を受け入れる共生社会②

未来のビジョン : より公正で包括的な世界EDUCATION

カイパラカレッジでのインクルーシブ教育:数学と日本語の教育

一人一人の生徒と向き合い、関係構築重視 (relationship base) を心がけ、現地の学校や地域で、 評判の数学教師である山本真也さんは、日本で中学校教員の経験を持つ。現在ニュージーランドの高校においてのインクルーシブ教育、また日本との教育の違いについて貴重なお話を伺った。

個別のニーズに応じたアプローチ

オークランドのカイパラカレッジにて現在、数学と日本語を教えています。学校では同じ教室で、個人ができる範囲で学びながら、時には協力したりすることによって、教室の中でコミュニティを作り、様々な障害をチームで乗り越える環境づくりを心がけています。

特別な支援が必要な生徒の背景、または教科の特徴により、アプローチが異なり、インクルーシブ教育としてどんな支援をしているかは、簡単には答えられません。しかし、一つ言える事は、型にとらわれず、その生徒に最善だと思う対応を、職員と保護者と協議して、障害があったとしても上手く教育活動に参加できる環境を作る事を第一にしています。

例えば、一般的に学校で一番多く見られる読み書き障害 (Dyslexia) の生徒。読み書き障害の対策としては、その生徒の障害のレベルに合わせ、テストで読むときだけ、もしくは書くときだけ補助に入ることもあれば、授業に常時立ち会う補助教員が生徒に寄り添い、読み書きの手伝いをすることもあります。

一見完璧に見えるシステムですが、過去には、軽い読み書き障害と診断を受けたその途端に、今まで頑張って読もう書こうとし ていた生徒が、読んだり書いたりする努力を止めてしまう、という場面も目にしました。もしもう少しチャレンジできる余地があるのであれば、できる限り努力させたいと思っているのですが、 この場合は診断結果がレッテルになってしまったケースで、改善の余地はあるシステムだとは思います。

迅速で細かな対応

ニュージーランドの高校では、学校内に特別支援課が大きく分けて二種類あり、身体的支援(車椅子を使用など)が必要な生徒や、年代に合わせた学習が困難な障がいを持つ生徒に向けた特別支援、読み書き障害やADHD、自閉症などの学習には問題ないが、クラスルームの設定に障害を感じる生徒への支援があります。そして、各学校にコーディネータが駐在し、補助教員などの振り分けを行い、支援が必要な生徒一人一人にどんな支援をするかのアドバイスをして、より効果的に支援できるよう努めています。

日本では、特別支援員の配属のために、学校が教育委員会に申請し、市・区役所の職員が生徒の様子を見て、そこから手続きをした後、サポートを受けるので、生徒が支援を受けられるまでに時間がかかります。対照的に、ニュージーランドの学校では、学校でコーディネーターがその判断をするので、支援が必要だと感じたその日のうちに補助教員の配属を決めることもでき、スピード感がありながらも、きめ細やかなサポートが提供されると強く感じます。

自己肯定感を育む環境

支援を受けている生徒たちが楽しそうに学校生活を送っているのが印象的です。日本では障害を持つということを負い目に感じ、自信をなくしてしまう生徒を見てきました。しかし、こちらの学校では、このサポートシステムのお陰で、学習障害をもつ生徒たちの自己肯定感は日本と比べ比較的高いです。教職員は、定期的に研修を行い、特別な指導が必要な生徒への指導の在り方を研究しています。実際に行なっている指導法が、知らず知らずのうちに実は生徒を困らせていた、という事例も実際に多数あります。そこを研修の中で話し合い、改善していこうという試みが、学校全体で年に少なくとも1-2回は行われています。

インクルーシブ教育が全体に与える影響

同じ教室の中で助け合うことが多くなるので、生徒たちの助け合いの心が育ちます。また、できない事への理解が促され、思いやりの心も育ちます。例えば、私は色覚異常なので、肉の焼き加減などがわかりません。なので、学校でソーセージを焼いたりしてると、生徒たちが進んで焼き加減を、私のためにチェックしてくれたりします。そうやって、他人が困っている時に、助け船を出す重要さに気づきやすくなる点はすごくポジティブだと感じています。

最後に、インクルーシブ教育とは別となりますが、ニュージーランドでは数学の先生が圧倒的に不足しています。ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38ヶ国の先進国が加盟する国際機関OECD(経済協力開発機構)の中でニュージーランドの数学のスコアはランキング19位です。*(日本は1位)日本で数学教師をしていた経験を活かし、対話重視で上手く数学の楽しさ広めていきたいと思っています。決して簡単には指導できない生徒や、日本では体験することのない課題が待っているというのを覚悟の上で、それでも教壇に立ちたい!という思う数学の先生を募集しています。

*PISA: Programme for International Student Assessment 調べ 2018年、15歳を対象 https://data.oecd.org/pisa/mathematics-performance-pisa.htm

山本真也さん

日本では、香川県と東京都での数学教師を勤め、2011年の年末にニュージーランドに移住、日本語補習校や現地の学校での補助教員としての勤務を経験し、2020年より正規の数学教師として勤務開始。現在は西オークランドの Kaipara Collegeにて数学教師として勤務(今年は日本語も教えている)。NZ人の奥さんと2人の娘と、Helensvilleという小さな町に住んでいます。

世界中の日本の教育者を結ぶ Japanese Teachers Connect 代表
【note】https://note.com/mryamamotonz
【X】@NZYanShin

山本真也さん

2023年11月号掲載
Text: Mariko McKenzie