元NZ警察官・ラグビー通訳者 吉水奈翁さん『警察官もコミュニケーション力が大事』

元NZ警察官・ラグビー通訳者 吉水奈翁さんBUSINESS

2021年11月号掲載

ラグビー日本代表の通訳者として活躍している吉水奈翁さんは、ニュージーランドで初の日本人警察官という経歴も持つ。警察官時代、そして日本でのラグビー通訳業についてお話を伺った。

NZ初の日本人警察官に

吉水奈翁さんが警察官になったのは、2008年。当時、中国人や韓国人、東南アジアからの移民が増え続ける社会に対応していくために、NZ警察はアジア人の警察官を大々的に募集していた。「ニュージーランドに日本人の警察官がいないと聞いて、チャレンジしてみたいと思ったのがきっかけです」と言う吉水さん。子どものころからラグビーで鍛えた体力と、中学2年生の時に移住してきたため英語も日本語も使いこなせることを生かし、ニュージーランドで初の日本人警察官となった。

「治安がいいと言われるニュージーランドですが、玄関先の自転車や靴を盗むなどのコソ泥や車上荒らしは本当に多いですよね。でも警察になった時は、もっといろいろな事件が起こってたんだ!と驚きました。ギャングがらみや麻薬にまつわる事件、殺人事件、ニュースにはならない凶悪な犯罪も起こっています。また、アジア人はお金を持っている印象があるのでターゲットになりやすいというのは、現場でも感じましたね」

逮捕するには話術が大事⁉

ウェリントンのポリルアにある警察学校に入学できるのは年に2回。英語力や体力などのさまざまなテストがあり、パスできるのは全国から160人と狭き門だ。この160人(2班に分かれる)で4カ月半、寄宿舎生活を送りながら、けん銃や催涙スプレーの使い方、手錠のかけ方や、セルフディフェンス、話術などを学ぶのだそうだ。

「警察官というと武術や格闘技など体を使って犯人を取り押さえるイメージがあるかと思います。しかし実際は、コミュニケーション力を使って、いかに最低限の力で犯人を逮捕するかということを習います。犯人を目の前にした時、取っ組み合いになることはなるべく避けます。できる限り近づかず、うまく言葉を使って説得し服従させ、手錠をかけるというやり方を覚えます。そのために、催涙スプレー、テイザー銃、警棒、といった手段があり、けん銃は最終手段としてステップを踏んでいくわけです。そもそも、アイランダーのような体の大きな男性と真っ向対決しても、かないませんから(笑)」

日本人警察官に求められるもの

日本人警察官だからといって、アジア人相手の業務だけではない。ほかの警察官と同様に任務をこなす合間に、アジア関連事件の手助けを求められる。日本人の被害者や加害者に説明するためや調書を取るために呼ばれたり、裁判のサポートにも呼ばれたりしたという。

「被害者を言葉の壁なくサポートしてあげること、逮捕した場合もどのようにプロセスが進んでいくのかを日本語で説明することは大事だと思います」

コミュニケーションに重きを置く姿勢のNZ警察にとって、吉水さんの存在は大きなものだっただろう。日本の警視庁が訪問した際も吉水さんがサポートした。当時日本では事情聴取時に録音することはあまりなかったのだが、録画して裁判で流すニュージーランドのシステムを警視庁は学んで帰ったのだそうだ。

2011年のクライストチャーチ大地震の際は、2カ月ほど日本人担当官として出向いた。捜索やDNA鑑定、身元確認、そして被害者家族や市民のサポートにも励んだ。その時の吉水さんの功労は、NZ警察のリクルートプロモーションとしてコロンボストリートの壁画に描かれた。

警察官になって6年後の2014年。日本でラグビー通訳をやってみないかと知人から誘われる。「警察官の仕事も良かったのですが、もっと面白いものが出てきたなと思い、飛びついてしまったという感じです。常にほかの面白いことを求めている性質なので」と明るく言う。

警察には最大2年の休職制度があり、ほかの仕事も試してみたい人が多く使うという。吉水さんもこの制度を利用して日本に向かった。警察官として、体力やキーウィと臆せずに言い合いができる語学力を武器にしてきた吉水さんだが、「ラグビーへの情熱」という強みが加わり、新天地でも活躍していることだろう。

麻薬事件の家宅捜査をした時
オークランドの日本人幼稚園を訪問
警察学校の卒業式で披露したハカの写真。今現在も校内の廊下に飾られている
吉水奈翁さん

中学2年の時から22年間、オークランドに在住。父親が経営する修理工場での自動車整備士や警察官を経て、現在日本でラグビー専門のスポーツ通訳を担う。

Photo: © JRFU



取材・文 GekkanNZ編集部