インタビュー特集:ユズ農家ネヴィルさん・淳子さん夫妻

ニュージーランドのユズ農家ネヴィルさん・淳子さん夫妻BUSINESS

2022年6月号掲載

ニュージーランドで育つ 和の心の象徴・ユズ

和食の名脇役であるユズ。料理に香りと彩りを添え、冬至にはユズ湯を楽しむなど、古くから日本の暮らしに深く根付いてきた。近年は欧米でも注目され、ニュージーランドでも知名度が上昇している。そんな話題の柑橘類ユズをマナワツ・ワンガヌイで栽培するネヴィル・チュンさん、淳子さん夫妻に話を伺った

日本恋しさからニュージーランドでユズ探し

今年3月、上質な蒸留酒で知られるスケープグレースの季節限定ウォッカ「アンコモン」シリーズにユズレモンと梅プラムという2つの新フレーバーが登場した。生産者はどちらもウェリントン在住のネヴィルさん・淳子さん夫妻。2人が2006年に開いたマナワツ・ワンガヌイのオーガニック果樹園では、ユズをメインに梅、しそ、みょうが、ごぼうといった日本でおなじみの作物を栽培。梅干しや干し柿の製造も手がけている。

「ニュージーランドでユズが育ったのは、私と夫のコンビネーションの賜物だと思います」
そう振り返る淳子さんは、東京・浅草出身。16歳のころ、叔母を訪ねてこの国へ渡り、以後ずっとウェリントンで暮らしてきた。ネヴィルさんは中国系キーウィ三世。家業を受け継ぎ、ウェリントンでガーデンセンターを営んでいる。いわば都会育ちの夫妻が田舎でユズ農家を始めるきっかけは、淳子さんが日本の味を恋しがったからという。

「淳子からニュージーランドにユズはないのかなと聞かれ、当時は僕もユズのことを全く知りませんでしたが、職業柄ツテがあったので国内中の育苗園を探しました。2年くらいしてようやくタウランガの業者が〝オーナメント用〟の果物として扱っているのを見つけました」とネヴィルさんは話す。実はユズ自体は1995年ごろからニュージーランドに入ってきていた。しかしほとんど果肉がなく、かなり酸っぱいことから食用として価値があると見なされていなかったのだ。

ようやくユズを手に入れた夫妻は、まず自宅の庭で栽培。その後、日本旅行に出かけ、浅草のそば屋で食事をした時にユズを商業栽培するプランを思いついたとか。

「注文したおそばにユズが入っていました。お店の人が今はユズの季節ではないので確保が大変だと話しているのを聞き、季節が逆のニュージーランドでユズを作ったら日本で売れるのではと考えました」

ゆず

地元企業とのコラボで商品が誕生

ユズ農家を始めるため、夫妻はウェリントン周辺で土地を探す。「広すぎると管理できないし、狭すぎても使えないしで難儀しましたが、ラッキーなことに望んでいた1エーカーの土地が見つかりました」とネヴィルさん。とはいえ、田舎暮らし未経験の夫妻にユズ農家への挑戦は簡単ではなかった。初年度に100本ほど植えたユズの苗木がウサギに食べられ、わずか2週間で全滅したこともあったとか。

「農業には良い土が不可欠ということさえ理解していませんでした。農家を始めてからユズが満足に実るまで3~4年を要し、ビジネスとして成り立つまでにはさらに3~4年かかりました」

2人の初めての顧客となったのは、ウェリントンのクラフトビール会社ガレージ・プロジェクト。夫妻がユズを育てていることを知り、代表者自ら電話をかけてきたのだ。2015年、同社は収穫されたユズ50キロを買い取り、「ワビサビサワービール」をリリース。同年のビールアワードで金メダルを獲得した。

これを機に、ニュージーランドでも徐々にユズが知られるようになる。以降はマーティンボローのオリ
ーブ生産者ロットエイトからユズオリーブオイルが発売されるなど、地元企業とのコラボ商品が次々と誕生。当初は日本輸出を考えていた夫妻だが、収穫したユズはすべてニュージーランド国内で消費された。日本とは異なる発想でユズが使用されることに驚いたと淳子さんは語る。

「日本のユズがニュージーランドの素晴らしい企業に認められ、いろいろな商品に生まれ変わり、それらが評価されるのがうれしいです。ユズがニュージーランドを私の第二の母国にしてくれたような気がします」

日本産ユズとニュージーランド産ユズに違いはあるのだろうか。そうネヴィルさんに尋ねると、気候などの栽培環境に大きな差はないとのこと。しかし味や香りはニュージーランド産ユズの方が強い傾向にあるそうだ。

「日本の企業が僕たちのユズをサンプルとして持ち帰り、分析したところ、そうした結果が出ました。理由はよくわかりませんが、おそらくニュージーランドは日本よりも日差しが強いからではないでしょうか」

柚
ニュージーランドの柚農家 ピッキング
ユズ農家ネヴィルさん・淳子さん夫妻

ユズと梅は和の心のよりどころ

ユズの商業栽培をスタートしてから5年後、果樹園で梅も育てるようになった。ユズ同様、こちらも淳子さんが希望を出し、ネヴィルさんが苗探しに奔走。夫婦のコンビネーションで梅のビジネスも順調だ。

「ユズも梅も、私の日本への想いの象徴です。どちらも食材というだけではなく、和の心がありますよね」

故郷を懐かしく思う気持ちは、何年経っても消えることはない。淳子さんがこの国に移り住んだ1980年代、日本のモノを見つけることは困難だった。ずっと恋しかった日本を感じさせてくれるユズと梅。長年ニュージーランドに暮らす日本人の高齢者が夫妻の育てたユズと梅を食し、感激して涙を流したこともあったとか。

「皆さんが泣くほど喜んでくれるのを見て、私も心を動かされました」

また、淳子さんはキーウィに日本の食文化を教えて広めるだけでなく、自分たちも勉強したいと意欲的だ。

「スリランカ出身の人が梅を使って私たちの知らない新しい料理を作ったことがありました。ほかの国での使われ方を学ぶのも楽しいですね」

日本への熱い想いを原動力に、今後はまた別の食材も試してみたいとネヴィルさんは言う。

「これからもまだニュージーランドで知られていない日本の作物を作ってみたい。そのためにいつもアンテナを張っていますよ。キーウィは常に新しいものを求めていますから」

ニュージーランドで花開く日本の新しい食文化に要注目だ。

ネヴィル&淳子・チュン
Neville & Junko Chun

ウェリントンから約100キロ北にあるホロフェヌアでオーガニック農園を運営する。冬には青と黄色のユズ、夏には梅やしそ、みょうがなどを収穫・販売、梅干しや干し柿、梅酒も限定数販売。

NZ YUZU 【Web】https://nzyuzu.comwww.facebook.com/NZYuzu 

ネヴィルさん
「ユズウォッカはシンプルにソーダ水やトニックウォーターで割るとおいしいカクテルになります。梅ウォッカに生梅とロックシュガーを加えて梅酒を作るのもよいと思います」(ネヴィルさん)
淳子さん
「ユズウォッカは飲んだ瞬間ユズの香りが広がり、気分が舞い上がります。梅ウォッカはさわやかな酸味で、梅干しや梅酒とは全く違うテイスト。新しい梅を経験できました」(淳子さん)

Text: Miko Grooby