夕食後の一家だんらんの時間。台所のテーブルいっぱいに世界地図を広げて、まだ見ぬ国を想像するのが好きだった。あれから、50年以上の歳月が経ち…。
ある日、わたしは図書館で一冊の本を見つけた。それは、F. J. Thwaites『That was the hour』。ストーリーは、「オセアニアで生まれた美しい乙女が、運命の男に出会い恋に落ちる。ところが、彼らに天災が襲いかかってきて…」というもの。これは、ファンタジー小説だった。だが天災は、実際に起こったのだ。
『That was the hour』―それは、"悪夢のような天災が降りかかった時間"を表現している。
1886年6月10日、タラウェラ山が突如噴火、150人以上が犠牲となり、大地は灼熱(しゃくねつ)の黒沼と化した。『世界第8番目の謎』と呼ばれ、観光客を魅了し続けた「ピンク&ホワイトテラス」もはかなく消え去った。桜色のケイ石を優雅に敷き詰めた大階段のようだった「ピンクテラス」と、月光を浴びて神秘的に輝いた「ホワイトテラス」。したたり落ちる山水はケイ石の結晶にろ過されて湖となり、紺ぺき色に光っていた。緑色に輝く森林は、まるでグリーンストーンが風に揺れているようだった。「世界の輝石が集まった舞踏会のようだね」と言ったのは、どこの旅人だっただろうか。
『トム・ソーヤーの冒険』を書いた作家マーク・トウェインも、かの地を訪れたことがあったという。ピンクテラスの裾野に広がる"神秘の鉱泉"に、ゆっくりと身を浸していく喜び。それは、あの偉大な作家の創造力をゆらりとほどいて、再び宙に舞い上がらせたかも知れない。だが、すべてもう昔の話だ。
タラウェラ山が噴火して、1世紀の時が流れ過ぎた。わたしは、今や廃墟と化してしまったであろうファンタジーの王国へ足を踏み入れた。緑、山、湖。そこに広がっていたのは、生まれ変わったタラウェラ山の雄姿だった。
時を越え、形を変えて人を癒し続ける圧倒的な美の存在。
風に吹かれ、うっすらと少年時代に思い描いた風景が立ち昇ってくる。埋没した思い出の中に、わたしはゆっくりと身をまかせた。